呼及舎のあゆみ


呼及舎のあゆみは、一人の友人の支援から始まりました。彼は、4歳の時にタクシーとの接触事故で頭部を損傷し、右手と右足に麻痺があり、1級の身体障害者手帳と愛の手帳をもった重複障害者で、心に響く歌を歌う人でした。誰にでもあるように、彼の個性にも著しいものがあり、彼がその主体性を活性化させようとすると、既存の支援システムにはうまく馴染むことができずにいました。オーダーメイドの支援の仕組みの必要に迫られ、過去の蓄積に学びながらオリジナルなものを作ることになったのが呼及舎の成り立ちです。

オリジナルな仕組みとはいえ、実はとくに意識したわけでもなく、彼と呼及舎を作ることになった私とその周りにいる人たちとの関係の間に自然と立ち上がってきたものに形を与えただけでした。その形は、彼が「個々の介助者との個別の関係性」を大切にし、「その関係の中で今後も生きていけること」を望んでいて、「周囲もそうあってほしいと尊重していた」ために与えられたものでした。そうした経緯もあり、自薦介助者やパーソナルアシスタントのあり方を追求することになり、時代や地域に拘束されながら、少しずつ独自の仕組みとしてできあがっていきました。

すると、この仕組みを利用したいと思う障害当事者やその介助者からぽつぽつと問い合わせが来るようになり、その要求に応答しながら、うまくいかないことが起こっては、当事者を含めて相談しながら対策を考え、改変し、実践し、また失敗するようなことを重ねていきました。自省的な反復のなかで、呼及舎がどのような状態をめざし、そのときどこに価値を置いていて、そのために取り組んでいる課題が何であるのかも、少しずつ明確になっていきました。

ある時、彼の死が訪れました。呼及舎は彼との関係の中でうまれ、もともとは彼の支援を目的にしたものでした。親友の突然の死は呼及舎に方向喪失に近い感覚をもたらしました。ただ、彼以外にもこの仕組みを利用したいと望む人たちがいました。ある人にうまくフィットするよう真剣に考えた仕組みには、他の人にもうまくフィットする潜在力があったのです。呼及舎は、その仕組みを望む人たちが利用可能なように普遍化して提供するという次の目的を見つけることになりました。

理念と実践のタフな往復作業を続け、独自性を普遍化するアンビバレントな作業にもがきながらも、呼及舎が大切にするエッセンスが抽出されていきました。例えば、「介助という営みが自律的になるよう促すこと」、「当事者・介助者関係の自律性と持続性を尊重するために第三者が介して約束を決めること」、「ケア労働を適切に評価しそれに見合った報酬を分配すること」、「障害者の介護保障と介助者の生活保障が両立し互いの生活を支えあう関係を支えること」があります。

恵まれた状況で交わされた意識の高い議論と、現場の様々な制約から生まれた妥協の産物との間の折り合いは、誰もが納得のいくポイントに落ち着くことは決してありません。ただ、その作業を経ることで新しいものが生まれてくるのは事実です。引き続き難点は含みながらも、日本にある自薦ヘルパー登録とも、アメリカやスウェーデンにあるパーソナルアシスタンスとも違ったものができあがってきました。「自律支援呼及舎の手引き」というパンフレットがあるので、興味関心のある方はお問い合わせください。